精神病の解明って、科学なの?
2025/12/10
もはや、科学ではない。
なぜなら、科学は、客観的な因果的説明をするのに対して、精神病理学は、発生的了解を扱うからだ。
宗教家の出口王仁三郎は、科学では、牛の毛の先の、そのまた先の…ものしかわからんぞと、科学により霊魂を説明しようとしていた弟子を諫めていたが、もちろん科学は大事だが、科学ではわからないことは山ほどある。人間の自由意思もそうだ。
ヤスパースは、ニーチェのことを「最も偉大な了解心理学者」と評していたが、内からの因果性を認める以上(つまり、自分だけの謎の因果律をOKとする、ヒュームの立場を認める以上)、確定した真理となる因果律は存在しないのだ。
バークリーは「存在するとは、知覚されることである」といったが、精神病的な現実的な生活に支障を来す謎の因果律を、認めないで「精神病」とフッサールの言う現象学的還元をして、カミュの言う哲学的自殺をするのも可能だが、そこをあえて、生活発展の意味連続性の観点から、相手の立場に立って、ヤスパースのいう感情移入的了解をするなかで、その法則性というものが見えてくるような気がする。
思うに、お釈迦様の十二因縁も、外在するものから、因果をさかのぼるにつれて、受動と能動が一つになり、そこからは、内在するクオリアなどの世界になっていく。どこまでさかのぼるか、より因果を追窮して、そこにある種のカテゴライズできれば、精神病は解明されたといえるのでないか。
ただ、十人十色、千差万別なため、もちろん例外はあるだろう。そこは人間の精神なのだから、数学のように、きっちりとはいかないような気がしている。
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